2012年07月号 タイピングは効率的に
はっきり言って「ローマ字入力」は大損だ。時間のムダ、労力のムダ、知力のムダ。日本語のタイピングは「かな入力」がいい。
昨年4月1日から1年以上、かな入力の一種である「親指シフト(NICOLA配列)」で入力している私の率直な感想である。日本語をダイレクトに打てることに、快感すら覚えるのだ。
88年にマックを使い始めて以来、23年間、ローマ字入力を続けてきた。80年に英文タイプライターでタッチタイピング(ブラインドタッチ)を身につけた私にとって、キーボードはアルファベットで打つのが当然だったからだ。他の入力方法があることは知っていたが、自分でトライする気は全くなかった。
しかし、ローマ字入力の限界も感じていた。私の入力速度は、スタンフォード大学にいらっしゃった橋本龍太郎元首相の講演を聴きながらリアルタイムにかな漢字混じりで記述できる程度。彼のゆっくりとしたスピードなら可能なことも、もう少し高速でしゃべる人の話を口述筆記するのは無理である。
もっと速く打ちたい。自分の頭に浮かんだ言葉や文章を、そのままマックに書き連ねたい。メッセージアプリやTwitterなどで比較的短い文章をやりとりするとき、その願いは切実だ。
そのためには文字入力の原理的な転換が必要である。ローマ字入力よりよいものはないだろうか。マックに標準で搭載されているJISかな入力に転向することも考えたが、濁音や半濁音を打つのに2打鍵必要だし、キーボードの4段すべてにかなが配置されていることもあって、心惹かれなかった。
そこに突然、「親指シフトのススメ」がやってきた。写真家で文筆家の新井由己さんがTwitterを介して、「親指シフトを試してみませんか?」と誘ってくださったのだ。まったく面識のない方だったが、すぐにお目にかかることにした。
大学の正門で落ち合い、行きつけのラーメン屋まで歩く5分間、「親指シフト」の効能を語る彼の話に耳を傾ける。面白い。
親指シフトの魅力
「親指シフト、始めます。教えてください。」カウンターについたとき、私の心は決まった。
なんと魅力的な日本語タイピング方法だろう。彼の説明を聴けば聴くほど、親指シフトしたくなった。同時に、一刻も早くローマ字入力から足を(手を?)洗いたいと感じた。
ラーメン屋から研究室に戻ってすぐにアップルJISキーボードで親指シフトの練習を始めたのはいうまでもない。
親指シフトで入力すると打鍵数がローマ字入力の約57%で済む。かな1文字はすべて1打鍵で入力できるからだ。濁音、半濁音、小文字も1打鍵。例えば「ぎゃ」は2打鍵だ。
ローマ字入力だと、ひらがな1文字を入力するには原則として2打鍵を要する。「ぎゃ」なら3打鍵。幼児のように階段を2歩で1段ずつ昇っていくようなものだ。
打鍵数が6割程度ということは当然、ローマ字入力より素早く入力できる。たとえば8割程度の速度でゆっくりタイピングしても、1.2倍の速さで入力できてしまう。
さらに、効率的なキー配列もすばらしい。ホームポジションとなる下から3段目のキーだけで、かなの出現頻度のうち約半数を打つことができ、3、4段目を合わせると実に約9割を打てる。指の動きが少ないし、頻出キーが固まって配置されているから手が位置を覚えるのも早い。
もっとも本質的なメリットは、頭にある日本語がダイレクトに文字になるという点である。キーボードによる日本語入力はただでさえかな漢字変換が不可欠。それがローマ字入力だと、さらに頭の中で「ローマ字変換」を強いられる。いわば「二重の変換」が生じるのだ。
いままで、この「ローマ字変換」はまったく無意識で行っていると思っていた。しかし親指シフトを始めてみると、自分の頭脳がいかに「ローマ字変換」に毒されていたかを思い知る。親指シフトに慣れて、指が自動的にタイプできるようになってからも、たとえば実際には5文字目(5打鍵目)をタイプしているのに頭は3文字目を入力していると認識し、誤打鍵したと勘違いしてせっかく入力した文字を消去してしまう、ということがたびたび起こったのだ。私はこれを「ローマ字の呪縛」と呼んでいる。
親指シフトなら、頭にある日本語の音をダイレクトにそのままタイプしていけばよい。ナチュラルで楽なのだ。これこそ、親指シフトの真骨頂である。
ダイレクトな心地よさ
マックに親指シフトを導入するのは簡単だ。無償の機能拡張ユーティリティー「KeyRemap4MacBook」をインストールしたら、システム環境設定で「KeyRemap4MacBook」を開き、検索窓に「oyayubi」と入力する。私の場合は「〈かなモード〉左シフト=スペース,右シフト=かな」にチェックを入れている。このチェックを外せばいつでもローマ字入力に戻せるから安心だ。
以上で準備は整った。ノート型マックのキーボードでもアップルワイヤレスキーボードでも、JISキーボードが親指シフトキーボードに早変わり。スペースキーが左手の親指で押す「左シフト」に、かなキーが右手の親指で押す「右シフト」として機能するようになる。
また私はさらに快適にタイピングするため、PFUの「HHKB Lite 2 for Mac 」や「HHKB Professional JP」も使っている。「J」キーの直下に右シフトキーが位置するので、親指シフトにうってつけなのだ。
きちんとホームポジションに10本の指を置いたら、配列表を見ながらタイピングを始めよう。打つ内容は、メールでも日記でも何でもいい。
そのままタイプすれば配列表の各キー下段に記載されたかなを入力できる。また、タイプする指と同じ側の親指シフトを同時に打鍵すれば上段記載のかなを、反対側の親指シフトを同時に打鍵すれば下段記載のかなに濁点のついた文字や半濁音をタイプできる。
このとき大切なのは「同時に打つ」という点。親指シフトを「押しながら」文字キーをタイプするのではなく、あくまでも同時打鍵。これこそ、親指シフトが優れている所以である。
配列表を見ながら、ゆっくり確実にタイプしていく。焦って打ち間違うことを繰り返していると、誤打癖がつくので、ともかく最初はゆっくり確実に。そしてキーボードは絶対に見ないことが大切。どうせ見たって親指シフト用のかなはキーボードに記載されていない。キーボードを見ずにモニターだけを見ながらタイピングする習慣を付けよう。
私が練習したときは、配列表を縮小コピーして、モニターのフチに張った。だいたい3日目くらいには頻出文字の位置を指が覚え始め、1週間も経つと、どの文字もほとんど不自由なくタイピングできるようになる。配列表は18日目にはがした。
1ヶ月続けると、ローマ字入力よりも速く打てるフレーズが増えてくる。同時に、前述の「ローマ字の呪縛」に悩まされるようになるが、それも徐々に消えていく。
楽なのだ。心の言葉がダイレクトに文字になる心地よさ。日本語を書くのが楽しい。